石川家の防災マニュアル
※読まれる前に
Luckyは阪神淡路大震災(1995年1月17日)を経験しました。
防災マニュアルとしていますが、どちらかというと自分の中では震災記録に近いものです。
この度の東北関東大震災(2011年3月11日)と合わせて、その時の様子、気持ち、災害に対する思いを、石川家を通して書き留めて置こうと思いました。
なので実際のもの(こと)には、赤字で表記しています。
ベースはいつもの石川家ですが、きつい表現が出てきます。
以上の点を含み置き頂きたく、これを注意書きとさせていただきます。
三月、学校は卒業シーズン。
俺のところも、ゆかの幼稚園卒園式が来週の土曜日に控えている。
明日の土・日は、たぶんその用意で忙しいな。
・・・ほんでもゆかの卒園式やのに、何で寛子の服買いに行かなあかんねや。
「石川のところも卒業ちゃうか」
「はい、課長。うちのところは、下が卒園です。来月から上と一緒に小学校です」
「そうかぁ・・・早いなぁ。この間出産祝い渡した思たのにな」
「ほんまですねぇ、その節はありがとうございました!ということで来月は入学ですから!ヨロシク!」
「あほか!」
連休を控えた金曜日の午後、新年度を迎える前の仕事的には暇な時期も手伝って、職場はそんな話題で盛り上がっていた。
のん気に話していたその時、いきなりふわふわと揺らぐ違和感を覚えた。
目眩?と思っていたら、あちこちでも目眩の声が聞こえてきた。
「うっ・・・目眩?」
「おぅ?目眩がする・・・」
何ぼなんでも、皆一斉に目が回るわけはない。
誰かが叫んだ!
「地震や!」
即、設置しているTVをつける。
2011年3月11日午後2時46分ごろ、東北地方太平洋沖地震発生。
震源地が東北太平洋沖と知って、驚いた。
ここまで(関西地区)揺れるなんて・・・。
その後、TVを通して入ってくる被害の甚大さに、誰もが憂慮しながら帰宅の途についた。
「お帰り、パパ!地震、東日本がえらいことになってるわよ!」
「ただいま。ああ、知ってる。会社でずっとニュース見とったからな」
「パパ!お帰り!TVな、どこの番組も同じのしてんねん・・・ぼく、怖い」
「パパ〜、お帰りなさぁい!お家、ゆれてん!ゆかも、こわいぃ!」
チビらは、二人とも不安そうな顔をしていた。
裕太はもう地震の大きさがわかる年やけど、ゆかは裕太の不安がそのまま伝染してるだけやな。
いずれにしても、不安を取り除いてやらんとあかん。
「大丈夫や、パパ帰って来たやろ」
裕太とゆかをガッチリ抱きかかえてやる。
俺の居てへんときは、寛子がしてやらなあかんことなんやけど・・・。
寛子はチビらより、さらに青い顔で俺を見ていた。
寛子も俺も、阪神淡路大震災(1995年1月17日午前5時46分)を経験している。
寛子が高校、俺が大学の時やった。
地獄絵図とはあのことやと思った。
明け方、わけのわからん感覚にふと目が覚めたら、突然部屋の四隅がガガガッと音を立てて震えた。
後は覚えてへん。気がついたら、外の道路が見えとった。
家が半壊して、二階の俺の部屋が一階の居間を押し潰していた。
寛子は、地響きが聞こえてきたと言うとった。
俺らの家族は無事やったけど、クラスメイトや近所のおっちゃんおばちゃん・・・たくさんの人が亡くなった。
今度の地震はその180倍や。
阪神淡路が地獄絵図やったら、東北関東のは何や。
例えようも無い、未曾有の出来事か・・・。
怖い・・・俺かて怖い。
怖いけど・・・落ち着け。
落ち着け、俺!
「寛子、明日の買い物は中止や。親父とお袋も呼んで、家族会議するで」
翌日―――。
「親父、お袋、わざわざ呼び立ててすんません」
「いや、そんなん全然構わんで。日本の有事やからな、当たり前や」
「あんたも少しは家長らしいなったやないの」
・・・お袋がひと言多いのは昔からやからな。
ゴホンと咳払いをひとつして、全員を見回した。
「ほな、始めます。まず最初に裕太、ゆか、これから話すことは災害についての大事なことやから、しっかり聞いとかんとあかんで」
裕太とゆかは、幸いにもまだ災害に遭うたことはない。
そら一生遭わんに越したことはないけど、災害は時も場所も選ばん。
まさか≠熈自分は≠焉A通用せえへん。
そやから備えておくんや。
備えておくのは物やない、一人一人の災害に対する危機管理や。
米やカップラーメン持って走れるか!
「パパ、早よ話してや。ぼく、まだゲームの続きあんねん」
裕太は一日寝たら、もう普通に戻っている。
TVさえ見なんだら、こっちは平穏やからな。
仕方のないことやけど・・・。
そう思っていたら、いきなり親父のカミナリが裕太に落ちた。
「裕太!パパの言うこと聞いてへんかったんかっ!それがお前の返事か!」
滅多に親父から叱られることのない裕太は、ビビッて半泣きになった。
「裕太!!」
鬼の形相で親父の叱責が飛ぶ。半泣きでも容赦なし。
親父、怖っ。
久々に見た鬼の顔。
孫には甘いと思とったけど、変わってへんな。
「・・ふえぇ・・・ごめんなさい・・ぐすっ・・・うっく・・パパ!はいっ!!」
裕太の返事につられて、ゆかも返事をした。
「うわあぁ〜んっ!パパァ、はいぃ!」
つられたのは返事だけやないみたいやけど。
「裕太、何でおじいちゃんに叱られたかわかるか?」
「・・・パパが大事なこと話すのに・・ぐすぅ・・・ゲームの続きしたいとか言うて、ちゃんと聞こうとせえへんかったから」
ぐりぐりと目を擦りながら、少し拗ねたような上目遣いで俺を見る。
「朝からゲームばっかりしたり、言うこと聞かんのはいつものことやもんな。
そやけどそんないつものことが、通用せぇへんこともあるんやで。それはな、命に関わることやからや」
一瞬で裕太の顔色が変わった。
脅かすようやけど、これはほんまのことや。
身を守るすべ、被災地・被災者を見舞う心、裕太やゆかの将来のためにも、いましっかり教えておかなあかん。
「裕太、怖いか」
親父が問い掛ける。
「・・・昨日の地震のTVで、ぼくやゆかと同じくらいの子らがいっぱい映っとったけど、誰も泣いてる子いてへんかった。
・・・ぼくかって大丈夫や!おじいちゃん!」
「そうか・・・」
親父はいつもの孫を見る優しい顔に戻って、裕太の頭を撫でた。
「いやっ、裕太!しっかりしてるわ!おばあちゃん、感心したわ!ほんま、誰に似たんやろねぇ」
お袋も孫バカやなぁ。
ほんでも褒められて誇らしげに目を細める裕太に、親の俺としてもちょっと鼻が高い。
「お義母さん、裕太はパパに似てるって、よう言われますよ」
「柾彦に?そうかしらねぇ・・・鼻の低いところはそっくりやけどね」
・・・お袋がひと言で済めへんのは昔からやったな。
「おかん!余計なことばっかり言うてるけど、おかんもちゃんとわかってんのか!」
何ぼ親でも、ここは家長として厳しく言うで!
お袋はちらっと俺を見ると、即座に親父に声を掛けた。
「お父さん、そこのかばんの中身広げたって下さいな」
「ああ、これな。万が一の時、すぐ持って逃げれるように母さんが用意している物や」
親父はテーブルにかばんの中身を広げた。
・ペン ・メモ ・住所録 ・懐中電灯 ・ライター ・ハンカチ ・ティッシュ ・笛
・チョコレート ・飴 ・財布(カード類) ・印鑑 ・保険証
「柾彦、あんたとこは?まあな、家長さんとこはさぞかし準備もしっかりしてるやろうから、
確認する必要もないやろうけど大事なことやしね。ねぇ、寛子さん」
あちゃあ!肝心なことが抜けとった・・・自分の親を侮った罰が当たってしもた。
お袋は嫌味たっぷりに、そして最終的には寛子に行くねんなぁ。
すまん・・・寛子、頑張ってくれ!
「は・・はい!お義母さん!」
寛子は急いで避難時に必要な物を用意し始めた。
ゴソゴソ、バタバタと寛子の焦る気持が、そのまま物音に伝わって聞こえてくる。
「ママ!ぼくも手伝う!」
「ゆかも!」
「あんたら、邪魔せんといて!!」
・・・お袋の冷ややかな目が、俺に向けられる。
伊達に餅五個(年末年始参照)は食うてへんな・・・あまりの迫力に思わず目を逸らしたら、逸らした先で寛子のけたたましい金切り声がした。
「パパッ!!パパー!!」
「な、何や!」
「印鑑あらへんのよ!この間車検や言うて、持って行ったんとちゃうの!」
「あっ!すまん、背広のポケットの中や!ええっと、どの背広やったかたな・・・!?」
クローゼットにすっ飛んで行って、背広のポケットを探る。
「ママー!この懐中電灯点けへんで。電池切れてるんちゃうん!?」
ああ・・・頼む、裕太。黙って電池入れ換えといてくれ・・・。
「ママ、ママ。ゆかな、あめちゃんイチゴのがすきやねん。こっちとかえっこしても、ええ?」
こんな時でなかったら、寛子もゆかの可愛いさに頬が弛むんやろうけど・・・。
「ゆか!!あっち行ってなさい!!」
「うわあ〜んっ!ママが怒ったぁ!」
結局ほとんど用意が出来んままに、親父にタイムオーバーを告げられた。
「はい!そこまで!もうええから席に着き!」
いかに普段、俺たち家族が備えに対して迂闊に過ごしていたかが見事に露呈してしまった。
「柾彦、これでわかったな。母さんは、お前の呼び出しから5分でこのかばんの中身揃えたで」
「はい・・・。すんません」
「もっとも、その5分ですら、間に合わん時もあるけどな。それでも出来る限りの備えはしておく。
阪神淡路の震災の後、度々話し合うてきたはずやな」
「はぃ・・・」
「寛子さんも、何ぼ柾彦が抜けてるから言うても、こういうことは妻の役目ですよ。
一緒になって右往左往してる場合やあらへんでしょ。子供の命が掛かってますねんで」
「申し訳ありません!お義母さん!」
親父に説教されお袋にはボロクソに言われ・・・寛子も俺のせいで、とばっちりを受ける羽目になってしもた。
家長失格や・・・項垂れる俺に、裕太が心配そうに声を掛けて来た。
「・・・パパ、元気出してぇや。ぼくが後で、懐中電灯の電池入れ換えとくから」
ああ、親として情けない!
ますます気持ちが落ち込む・・・。
「柾彦!何、ぼやっとしてんの!家長のあんたが黙っとったら、先進めへんやないの!
これが災害の時やったら、私ら家族どうなる思てんの!」
お・・おかん!
「裕太、昔ここで大きい地震があったんは知ってるやろ?」
「うん!知ってるで、おじいちゃん。道徳の時間に先生が話してくれた」
「おじいちゃんの家も半分潰れてな、おばあちゃん、倒れたタンスに足挟まれてしもたんや」
「えっ!?そんなん、おばあちゃん歩かれへんかったんちゃうんっ!?」
「それがな、パパが部屋に飛び込んで来るなり倒れてるタンスを除けてな、
足怪我してるおばあちゃんを背負うて避難所まで逃げたんや。どや、裕太のパパは凄いやろ」
親父・・・。
「パパ!すごいな!ぼく、尊敬する!尊敬言うたら、好きのもっとすごい版や。この間、国語で習ろたもん!」
「ゆかも!」
「嘘つけ!ごっつい難しい言葉やねんで、幼稚園で教えてくれるわけないやん。
わからんくせに真似すんな!アホゆか!」
「パパ〜!お兄ちゃんが、またアホて言うた〜!」
・・・これが俺の家族や。
俺の守るべき家族なんや!
「裕太!」
「はい!パパッ!」
「いつも言うてるやろ、妹には優しいしたらんとあかん。
万が一の時、お前が一番に守ってやらなあかんのは誰や!」
「・・・ゆか」
「声が小さい!」
「ゆか!ぼくかて、ゆかおんぶして走れるで!!」
「よし!次、ゆか!」
「はぃ、パパ!」
「ゆか、昨日お家揺れた時、どこに居ったんや?」
「お兄ちゃんと、お部屋におった」
「怖かったか?」
「うん!こわかってママのとこ行こかしたら、お兄ちゃんがうごいたらあかん言うて、ゆかのおようふく引っぱってん」
「ママ、裕太とゆかが一緒の部屋に居ってくれて、ほんまに安心したんよ。
ありがとう裕太、ゆかを守ってくれて」
寛子がその時の様子を思い出しながら、しみじみと言った。
とっさに妹を守る行動が出るいうことは、裕太に兄としての自覚があるいうことや。
―ゆかおんぶして走れるで!!―
あながち、大ぼらでもないな。
「ほんまやで、ゆか。お兄ちゃんがゆかの洋服引っ張って止めてくれへんかったら、
ゆかもっと怖いことなっとったかも知れへんねんで」
「・・・ゆか、もっとこわいのいやや・・・ふええぇん・・・」
あっ、しもた。怖がりのゆかには、きつう言い過ぎたかな。
慌てて笑顔を作って、やんわり話した。
「そやからそうならんように、ひとつだけゆかに言うとくで。
ひとりで動かんこと≠ヲえな?お約束やで」
「・・・うん」
涙目で頷くゆかが、可愛いてたまらん・・・。
デレッと目尻が下がりそうになった俺の横から、ビシッと厳しい寛子の声が飛んで来た。
「うん、ちゃうでしょ!ちゃんと言いなさい!」
「うえぇぇんっ・・・ぐすうぅ・・・パパ、ママぁ、お約束するぅ!」
鼻を啜りながら、大きな声でゆかのお約束が完了した。
俺も下がりかけた目尻がキリリと戻った。
そういや、あいつも餅五個やったな・・・。
「さてと、非常時の備えについてはこのくらいでええかな、親父?」
防災備品の確認もしたし、とりあえず最重要なことはしっかりチビらにも伝えることが出来たと思う。
「そうやな、ほとんどお前のとこばっかりやったな」
「・・・はい。気ぃつけます」
きっちり釘を刺される。
昔から二度目はないからな・・・次また同じような醜態を晒したら、この年になっても尻叩かれるんかな。
・・・いや、あほか俺は。この件に関しては、絶対二度目があってはあかんのや。
「なぁ、パパ。ぼく、懐中電灯の電池係するから、パパもハンコ(印鑑)使こたらすぐママに返してや。
ゆかもあめちゃんイチゴ味とちゃうかっても、わがまま言うたらあかんで」
おおおっ、裕太!さすが、俺の子や!
さっそく危機管理が伝わっとる!
「ちゃんとしとかんと、おじいちゃんに叱られるもん。
パパ、ぼくおじいちゃんにお尻叩かれんの嫌やで」
そっちの危機管理か・・・まあ、どっちにしても、常に心掛けておくことはええことや。
「おほほほっ!寛子さん!やっぱり裕太は、柾彦とそっくりやわ!」
おかん・・・黙れ。
寛子がまあまあと、苦笑いの笑顔で俺を宥めた。
・・・そうやな、毎度々々お袋の余計なひと言に目くじら立てられるのも、それだけ平穏な証拠いうことや。
自然の驚異は、共存する全ての事物をいとも容易く破壊する。
その中で、生き延びている俺らがすべきこと。
「ところで今度の震災やけど、募金や救援物資はどうするかな。
そっちのことは、親父よりお袋の方が詳しいやろ」
「任せといてもらいましょか。募金はあらゆる団体が掲げてくるから、
自分の選んだ団体をしっかり知っておくことやね。私は郵便局を使うつもりやけど」
「それいいですね、お義母さん。郵便局は振込み用紙も用意されてるし(日本赤十字社・
中央共同募金会・宮城県災害対策本部)振り込み手数料も掛かりませんよね(23年3月17日現在)」
「私ら主婦には便利やわね。ほんでも募金は金融機関に限らず、スーパーでも街頭でも出来るしね。
いずれにせよ、どこにするにしても団体だけは確認しとかなあきませんよ」
「ほんまですね、お義母さん。募金するにしても、差し出されるまま言われるまま言うのは、少し違う気がします」
「これだけの大震災やからね、一万二万の万単位ならいざ知らず、百円、千円の単位はマヒしてしまうんよ。
それでも集まったら大きい額になる。きちんと役立てる努力は募金をする私らから始まる≠ニ、私は思うてます」
「疑いたくないですけど、詐欺まがいの募金もある言うことですね」
「そういうことやね。こういう時やからこそ、気ぃつけてね。
誰が詐欺師やコソ泥に大事な寄付金渡しますかいな。なぁ、お父さん」
「おっしゃる通り」
さすがの親父も、全く口を挟む余地なし。
お袋は阪神淡路大震災を経験して以降、募金等の災害活動にはとても敏感になっている。
俺たちも募金や救援物資を受けた身なので、たぶんその思いがお袋には強く残っているんやと思う。
「ほな、お義母さん、救援物資の方はどうしましょ」
「一〜二週間したら救援物資受付の看板が公共施設(公民館・市民館等)や
学校を通して出るから(3月21日現在)焦らんとちゃんとしたものを用意しておくことやね。
出来ることやったら、個人でするより町内やグループでした方が効率はええと思うわ」
「そうですね。私も進物でもらった毛布やタオル、ひとつにまとめておきます。
後、生活用品なんかは、裕太やゆかの友達のお母さんらとお互い用意するもの決めときますね」
「救援物資を扱うグループは学校や町内あちこちに点在してるから、
どこの地域に何を送るいうのを出来るだけ連絡取り合うてね。バランスよう送れたらいいんやけどね」
「そう言えば私の家も食器棚や家具が倒れてメチャクチャやったんですけど、
両親が救援物資で貰った軍手・軍足は家片付ける時にものすごく役に立った言うてました」
「そうそう!肌着とか防寒具も大事やけど、何せ片付けは半端ないし自分のところだけとちゃうしね。
軍手・軍足は何枚あっても足りんくらいよ」
親父が黙ってうんうんと頷いている。
大事な話しとはいえ、お袋と寛子が喋りだしたら止まらんからな・・・。
まぁほんでも、下手に口挟んだらまたえらい目に遭うしな。
ここは親父みたいに黙っとこ。
「柾彦!!」
「は?はいっ!」
なっ・・何や!?お袋、どうしたんや、いきなり!?
「あんた何べん言わす気や、ぼうと人の顔ばっかり見てからに!家長がぼけーっとして、どうすんの!
だいたいな、あんたに見つめられても全然嬉しいないわ」
「いや・・お袋話しとったから・・・って、ちょっと待てや!誰がおかんの顔見つめてるて!?
冗談でも言うてええ冗談と悪い冗談が・・・!!!」
興奮して腰の浮き上がった俺を、寛子がぐいぐいと腕を掴んで引き止めた。
「パパ!・・・パパって!もうお義母さんの話は終ってるわよ」
終った?・・・いきなり終んなやっ!!
「パパ、言い訳はようない思うで。ぼくにいつも言うてるやん。
注意されたら、まずごめんなさいやんなぁ、おばあちゃん?」
「まあぁっ!裕太は、ほんまおりこうさんやねぇ!!誰に似たんやろねっ!!」
俺や言うとったやんけ!!
「僕、おじいちゃんに似てるて言われたら、嬉しいな」
お前!俺のこと尊敬してたんとちゃうんかい!!
「おお、裕太、ほんまか。おじいちゃんも嬉しいで」
親父とお袋に挟まれて、裕太のあのどや顔は何や・・・。
あいつのあの調子の良さは、ほんま誰に似たんやろな。
三代前のご先祖さんから調べてみる必要があるな・・・。
「いややぁ!お兄ちゃんばっかり、ずるい〜!ゆかのおじいちゃんとおばあちゃんやも〜ん!
おじいちゃんもおばあちゃんも、ゆかのこときらいなん?」
おっ、出た! ゆかのヤキモチ。
「何言うてんの!おばあちゃん、ゆかのことも大好きやで!」
「ほんま?ゆかも、おばあちゃん大好き!おじいちゃんはぁ?」
「こっちおいで、ゆか。・・・ほら、ゆかの大好きなお膝の抱っこや。おじいちゃんも大好きやで」
「わぁい!ゆか、おひざのお尻ぺんぺんきらいやけど、おひざのだっこは大すきやもん!」
「もぉ・・寛子さん!鼻垂らしとっても、ゆかは可愛らしいわねぇ!」
「そぉですかぁ?上がお兄ちゃんのせいか、ほんま甘えたでわがままで。
よく私に似てる言われるんですけど、喜んでええのか悲しんでええのか・・・」
・・・あきらかに喜んどるやないか。
寛子のあの勝ち誇った顔。ゆかは、寛子に似てるからな。
けどお袋は、寛子に似てるとは絶対言いよらんもんな。
お互いにこにこしとっても、やっぱり嫁姑やな。
「・・・へへへ、パパ〜」
ゆかに親父たちを乗っ取られた裕太が、すごすごと俺の傍に来る。
ざまぁ見さらせ。
「調子に乗るからや」
「・・・うん、ごめんなさい・・・ぐすっ・・・」
え??・・・何で泣くんや!?
俺、別に怒ってへんで・・・。
「裕太・・・?」
裕太が俺に抱きついて来た。
そうか・・・
ぎゅっと抱きしめて、背中を撫でてやる。
音声を消して点けっ放しにしているTVの画面では、被災地の様子が映し出されていた。
「パパ、ぼく怖い。みんなと離ればなれになるん嫌や・・・」
「裕太・・・そやから、そうならんように、今日みんなで話し合うたやろ」
「ちゃんとしとったら、絶対大丈夫なん?」
「・・・立ち向かって行ける、みんなで。裕太は誰を守るんや?」
「ゆか・・・」
「パパはみんなを守るで!」
「パパぁ!」
「ほら、鼻拭け。お兄ちゃんやろ、ゆかみたいやんか」
「やっぱりパパは、ぼくの尊敬するパパや!」
「ほんまに調子のええやつやな。よっしゃ!そんでええ。裕太、もう大丈夫やな!」
裕太に笑顔が戻る。
この笑顔が、この先の日本の未来なんや。
「後、二週間もすれば桜が咲くわねぇ、寛子さん(3月28日東京・ソメイヨノ開花)」
「早よう日本中が桜で埋まって、少しでも皆さんの心が癒されたらよろしいですね、お義母さん」
裕太の様子に気がついたお袋と寛子が、しんみりと窓の外を見ながら話していた。
「それもまた自然や・・・」
親父の切ない呟きに、それでも俺は家族を守って行くことを誓った。
※2011年4月4日(月)
ここに謹んで災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
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